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石落神社

aniyan
2010年11月19日

平城遷都祭・平城宮跡会場のイベントが終了し、会社周辺も静かになりました。
平城京歴史館のヴァーチャルムービーにでてくる西大寺の光景は圧巻でした。
来春にはまた再OPENするそうなので、是非行ってご覧になってください。

西大寺は当時平城京で最大のお寺だったんですよね。
会社周辺では建設や道路の工事がある前には必ず「発掘調査」があり、
最近もウチの裏の発掘調査でもなにか古い柱のようなものが何本か掘り出されてされていたようです。

西大寺にまつわるお話です。

建立当時に東西に八角七重塔が建てられる予定だったのですが、
そもそも当時の日本にその技術がないのにもかかわらず、建設をはじめてしまったのです。

建設をすすめているあるとき、
基礎にするために男たちが運んでいた巨石が、現場を目前にして、
うんともすんとも動かなくなりました。

その石はたたりがあると、その場に捨てることにしました。
その石から妖気が出て、時の帝、称徳天皇を病にし命を絶ってしまったのだそうです。

その後、その石を神としてあがめ崇め、丁重にお祭りしたそうです。

その昔話の裏に、昔もこの国に無謀な計画があったこと、
歴史に書かれる成功した国家事業ばかりではなかったこと、
できもしないことにつきあわされる馬鹿らしさに石が動かないことにした庶民の抵抗がうかがえます。

鎌倉時代になって西大寺を再興した叡尊上人が、薬の神様からお告げを受け、
その石のあった場所に祠を立て、以来西大寺では「豊心丹」という薬を調合し、
販売するまえに祠で祈祷したといいます。

その神社がいまも「石落(しゃくらく)神社」の名前で、現在の弊社の窓下にあります。

奈良は薬草がよく取れるところで、近世までお寺で薬が売られているのも普通でした。

豊心丹は「さいだいじ(妻大事)」にかけて、昔、奈良方面では嫁に弱い夫の揶揄言葉として使われていたそうです。

石落神社から妖気は出ていませんが、弊社の男性陣は皆、豊心丹かも?(笑)

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